2005 7/30(土) 飯山のお涼み祭り 
羽咋市飯山町で約二百四十年前から続くとされる「飯山おすずみ祭り」は三十日夜、同町会館周辺で行われ、
若衆によるみこしが夜の飯山川を勇壮に渡り、大勢の観衆を沸かせた。午後から町内を練り歩いたみこしは、
午後九時すぎに両岸に松明がたかれた飯山川に到着、花火が打ち上げられる中、小学生の獅子舞に続き、
勢いよく川を渡った。
訪れた約三百人は茅の輪をくぐり、半年間の無病息災を願った。祭では邑知女性の会など約三百人による
「飯山音頭」の踊り流し「凪紗(なぎさ)ゆうゆう」がよさこい踊りを披露、夏の夜を盛り上げた。
飯山のお涼み祭り    ◎邑知公民館発行 邑知だより おらが町飯山の巻より
今の飯山神社は、かつては伊勢神宮の分霊勧請によるもので、神明宮とよばれていたが、明治三十五年に飯山
神社と改称した。現在飯山神社には四つの祭神がおられる。伊勢神宮と同じ天照大神、豊受大神、信州の諏訪
神社からの分霊になる建御名方神、そして京都の祇園・八坂神社のスサノウノミコト(祇園牛頭天王社)の四祭神
である。昔の夏は悪疫がよく流行したそうだ。村人は祇園にならい、飯山川に御輿をかつぎ出し、水をかけて悪疫
の追討を祈願した。また神社では半年毎に人の罪・けがれを祓い清める「大祓い」の行事があり、六月三十一日と
十二月三十一日の二回、祭祀が行われていた。人形を己れの身代わりに神火にくべて罪・けがれを焼き清める神
事であり、同時に「茅の輪くぐり」による厄払いの神事も行われていた。
慶長二十年、徳川利家の治政の一環として飯山村が宿駅の指定を受けてから、高畠、子浦と共に宿場町として相
当の賑わいを見せ、栄えたようである。そしていつの頃から京都の祇園祭りの<曳き山>をまねて、現在の曳き山
が登場し、六月三十一日の大祓いも月遅れの七月三十一日となり御輿に水をかける行事も現在の川渡りへと変
わり、ここに飯山納涼祭の原型が出来上がったようである。しかし人形による<大祓い>や、<茅の輪くぐり>の
行事は今もなお続いている。
画像をクリックすると動画で見れます 舞は能登獅子で2頭出ます 1頭は頭男子その中3人は女の子です
囃子は笛だけです
神社前のかがり火 かがり火の中御輿が通ります